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エリオット協会20周年記念出版
エリオットおよび関連領域の出版等

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木坂宏次朗 ”Still Point ― 4 Segments”

既刊号目次

既刊号目次

第28号(2017)

第29回大会特別講演
「詩について思うこと、考えていること―わたしの日本語と詩 」 金  時鐘

第29回大会シンポジウ:エリオットとヨーロッパ文化
「T. S. エリオットとパリ留学時代の知的遺産」   齋藤 純一

「T. S. エリオットにおける西欧文化と反近代主義」 高柳 俊一

「エリオットと「ヨーロッパ」理念の変容―ダンテを導き手として」  池田 栄一

「ヨーロッパ人に成らん―J. M. クッツェーのT. S. エリオット論をとおして」佐藤 亨

 

第27号(2016)

第28回大会特別講演
「SFホラーの詩学―T.S.エリオットとスティーヴン・キング」舌津 智之

第28回大会シンポジウム:引用するエリオット、引用されるエリオット
「言葉の森を抜けて―『荒地』における引用」  山本 勢津子

「シェイクスピアを引用するモダニストたち―パウンド、ジョイス、エリオットの場合」 三宅 昭良

「ナボコフとエリオット―「ゲーム」から「モラル」へ、「歴史」から「伝記」へ」     秋草 俊一郎

「映画の中のエリオット」  山口 均

論文

「「ある婦人の肖像」における「ある婦人」と「ショパン」―私通の「エンハーモニック転調」をめぐって」    熊谷 治子

「『荒地』と『我らが共通の友』再考」瀬古 潤一

「A Comparison of the Four―Time, Eternity, and Words in Four Quartets」        Atsuko Yamaguchi

書評
「エリオット研究の強みを生かせ―Gabriel McIntire, ed., The Cambridge Companion to The Waste Land(2013))」    圓月 勝博

「Christopher Ricks and Jim McCue, eds, The Poems of T. S. Eliot(2015)」 Shun’ichi TAKAYANAGI

第26号(2015年)

第27回大会特別講演
「「空白」への意志―エリオットの『荒地』と、入沢康夫の『わが出雲、わが鎮魂』にふれて」   吉田 文憲

第27回大会シンポジウム:Cats & Cats―エリオットと猫たちの時
「ミュージカルCATSからエリオットへ―Note on the Textを中心に」 鈴木 綾子

「Old Possum’s book of Practical Catsにおける三つの謎」太田 純

「CATSの詩と音楽」 久野 暁子

論文

「「伝統と個人の才能」と大英博物館」  瀬古 潤一

書評
「若き詩人の肖像―The Poetics of Metoikosの誕生―Robert Crawford, Young Eliot: From St Louis to The Waste Land (2013)」野谷 啓二

第25号(2014)

第26回大会特別講演
「アメリカ文学のモダニスト的転回―南部詩人にとってのT.S.エリオット」越智 博美

第26回大会シンポジウム:エリオット再発見―映像と音声とモノローグの解釈によるアプローチ
「持続する断片―エリオットの世界へ誘う呪文」  佐野 仁志

「High Music1―Redressing the Science of Poetry」N. J. Angus

「断片と持続―言葉、映像、サウンド、パフォーマンス、メディアアートの現場から」  松本 泰章

論文

「「エリオット氏の日曜朝のお勤め」を解読する」 滝沢 博

書評
「Christopher Dawso Looming Large in Eliot Studies―Benjamin G. Lockerd, ed., T. S. Eliot and Christian Tradition(2014)」  Kenji NOTANI

「ポッサム的伝統とエリオット的才能―阿部公彦『詩的思考のめざめ―心と言葉にほんとうは起きていること(2014)」  圓月 勝博

「「ナウ・オワー・ネバー」のT.S.エリオット論―田口哲也『T.S.エリオットの作品と本質―モダニズム的知性の結晶』(2013)」 佐藤 亨

第24号(2013)

第25回大会特別講演
「エリオットの文化論、制度としての「英文学」、クリェイティヴ産業」」 太田 信良

第25回大会シンポジウム:T.S.エリオットと戦間期イギリス
「戦争を知らないモダニストたち」  圓月 勝博

「なぜエリオットはローマ・カトリックにならなかったのか」  滝沢 博

「戦間期イギリスにおけるアメリカ英語」  出口 菜摘

論文

「Where Prayer Has Been Valid:On the Space “Little Giddingr”」  Atsuko Yamaguchi

第23号(2012)

第24回大会特別講演
「T.S.エリオットとシェイクスピアのあいだで」  岩崎 宗治

第24回大会シンポジウム:『荒地』草稿を、いまどう読むか
「『荒地』草稿第一部冒頭削除箇所」  山口 均

「エリオットの手、パウンドの手」  三宅 昭良

「『荒地』の草稿研究のための若干の批評的考察」  松澤 和宏

論文
「「スウィーニー・エレクト」の真剣さについて」  橋本 良一

「T.S.エリオットの”convention”について」  村田 俊一

「When a Landscape Has Voices: Narratives in “The Dry Salbvagesr”」  Atsuko Yamaguchi

書評
「境界を二度超えたエリオット―佐伯惠子『T.S.エリオット詩劇と共同体再生への道筋』)」 川野 美智子

第22号(2011)

第23回大会特別講演
「エリオットのロマン派的自画像:一断片とマージナリアと」  鈴木 雅之

第23回大会シンポジウム:『四つの四重奏』とは何か
「『四つの四重奏』再見―『荒地』のバリノード」  池田 栄一

「”The Singer So Shy”―都市詩人としてのウォルト・ホイットマンとT.S.エリオット」  飯野 友幸

「『四つの四重奏』―時と詩の贖いの祈りを奏でる詩」  野谷 啓二

「『四つの四重奏』―封印された愛、あるいは曖昧にされた告白」  山本 勢津子

論文
「The Written Records of Time: Historical Time in “East Coker”」  Atsuko Yamaguchi

書評
「エリオット研究の将来と展望―近年の「コンパニオン」3冊をめぐって Russel Elliot Murrey, Critical Cpompanion to T.S. Eliot: A Literary Reference to His Life and Work(2007) David E. Chinitz, ed, A Companion to T.S. Eliot(2009) Jason Harding, ed, T.S. Eliot in Context(2011)」 高柳 俊一

第21号(2010)

第22回大会特別講演
「How the American Counterculture Desacralized T. S. Eliot: Kenneth Rexroth’s Condemnation of His Ideas and Praise of His Enduring Art」  Morgan Gibson

論文
「”La Figlia Che Pianger”の仮定表現とテニスン」  島田 協子

第22回大会シンポジウム:60年目の『カクテル・パーティ』再読
「『カクテル・パーティ』の位置づけ」  司会・佐伯 惠子

「エリオット詩劇概観」」  佐伯 惠子

「もう一つの殉教劇の問題点」  野谷 啓二

「情念の諸相」  丹嶌 久香

研究ノート
「T.S.エリオットの影を追いて」  上村 忠実

書評
「疾走し逡巡するモダニスト―エリオットとウルフ Gabriel McIntire, Memory and Desire: T. S. Eliot and Virginia Woolf(2008)」     山本 勢津子

第20号(2009)

第21回大会特別講演
「Dual Tradition and the Individual Talent: T. S. Eliot and Thomas Kinsella」  Andrew Fitzsimons

論文
「”La Figlia Che Pianger”の仮定表現とテニスン」  島田 協子

第21回大会シンポジウム:都市とモダニズム―エリオット詩のミリュー
「T.S.エリオット―現実の都市と象徴としての都市」  高柳 俊一

「”The Singer So Shy”―都市詩人としてのウォルト・ホイットマンとT.S.エリオット」  飯野 友幸

「ボードレール・パリ・エリオット―「遊歩者」の系譜」」  佐藤 亨

「エリオットとホフマンスタールの時代精神―理念化された過去の視座から見えるもの」  佐野 仁志

「アフマートワとツヴェターエワの「声」」  村田 真一

書評
「C. B. リックスが読むT.S.エリオット Chirstopher Ricks. Decisions and The Revisions in T. S. Eliot (2003)」     田代 尚路

「若い読者のためのエリオット入門 John Xiros Coope, The Cambridge Companion to T. S. Eliot (2006)」
久野 暁子

第19号(2008)

論文
「形から読む”The Burnt Dancer”と”The Death of Saint Narcissus”」  長岡 みゆき

第20回大会シンポジウム:日本文壇とT.S.エリオット
「大江健三郎の『さようなら、私の本よ!』のなかのT.S.エリオット」  村田 辰夫

「鮎川信夫の戦後」  中井 晨

「ある詩人のエリオット受容―北村太郎『ふしぎ猫マキャビティ』」  有馬 敲

「『荒地』の翻訳をめぐって」  富井 俊郎

第20回大会特別講演
「T.S.エリオット:一研究者の回顧と展望」  高柳 俊一

研究ノート
「T.S.エリオットの心の中の”Country Landscape”―Cape Annと”The Dry Salvages”」鈴木 綾子

書評
「エリオット世界の交響曲 S. Bagchee et. al. ed.: The International Reception of T. S. Eliot」野谷 啓二

「モダニスト詩人の奇人のキャラがたつ A. David Moody: Ezra Pound: Poet/ A Portrait of the Man and His Work, Volume Ⅰ: The Young Genius, 1885-1920」圓月 勝博

「モダニズム研究を第一次世界大戦につなぐ試み 荒木映子『第一次世界大戦とモダニズム―数の衝撃」滝沢 博

第18号(2007)

第19回大会特別講演
「What Is A Classic?の効用」   高田 康成

論文
「エリオットとファンタジー-Fire and Hemlockに見るFour Quartes-」  久野 暁子

シンポジウム:T.S.エリオットとシェイマス・ヒーニー
「ヒ一ニーのエリオット―‘Learning from Eliot’を読む-」 佐藤 亨

「エリオットのダンテとヒーニーのダンテ」    栩木 伸明

「ポストコロニアル詩と<黄泉降り>一エリオット、ヒーニー、ウォルコット」池田 栄一

書評
「帝国の文化、あるいは、エリオットとウルフのモダニズム文学史?
Jed Esty, A Shrinking Island: Modernism and National Culture in England」大田 信良

「modernism at large
Peter Brooker and Andrew Thacker,eds., Geographies of Modernism: Literatures, Cultures, Spaces」三原 芳秋

「エリオットの書かなかったミュージック・ホール
Barry J. Faulk, Music Hall and Modrenity: The Late-Victorian Discovery of Popular Culture」島田 協子

「題名ばかりの『ブラッドリー解釈』
Jane Mallinson, T.S. Eliot’s Interpretations of F. H. Bradley: Seven Essays 」村田 辰夫

「禁欲のための術
中井晨著『荒野へ 鮎川信夫と「新領土」(Ⅰ)』」  阿部 公彦

「カトリック知識人による「カウンターカルチャ」の系譜
野谷啓二著『イギリスのカトリック文芸復興-体制文化批判者としてのカトリック知識人』」飯野 友幸

「対象を持たない、あるいは対象を超える、「感慨」の共同体
山田祥一著『T.S. エリオット論考』」  野谷 啓二

第17号(2006)

第18回大会特別講演
「聴覚的想像力をめぐって」 室井 光弘

シンポジウム報告
「エリオットを読み直す―モダニズムとポピュラー・カルチャー」荒木 映子

「エリオットと探偵小説」  山崎(古賀)美穂子

「『クライテリオン』と新聞読者―T.S.エリオットとマス・カルチャー」 出口 菜摘

「19世紀末ポピュラー・カルチャー礼賛の系譜とエリオット」島田 協子

書評
「本格的『クライテリオン』研究時代の到来?
John Harding, The Criterion: Cultural Politics and Periodical Networks in Inter-War Britain」  野谷 啓二

「書物の探偵、荒地をめざす―テクスチャル・クリティシズムの試み
Lawrence Rainey., Revisiting The Waste Land」  山本 勢津子

「エリオットの〈死と再生〉
Laurie J. MacDiarmid, T. S. Eliot’s Civilized Savage: Religious Eroticism and Poetics」
松本 真治

「エリオットとカリブの息子たち
Charles W. Pollard, New World Modernism: T.S. Eliot, Derek WAlcott, and Kamau Brathwaite」  池田 栄一

第16号(2005)

第17回大会特別講演
「History and Exploration in Eliot’s Old Men」  Jewel Spears Brooker

論文
「文化という枠組み」  富山 太佳夫

「異神を追う講演者エリオット―大衆社会の中のモダニストとモラリスト」 圓月 勝博

「文学という文化のあり方―T.S.エリオット研究の今後」 田口 哲也

「『モラリスト』エリオットの劇場デビュー―『共同体』の再生を目指して」佐伯 惠子

「『直立するスウィーニー』を解読する―これは女性嫌悪の詩なのか?」  滝沢 博

「T.S.エリオットの花の歳時記―Goldenrod, Geranium, Allanthus, Chestnut」 鈴木 綾子

書評
「モダニスト詩人はデカダン・カトリック・ヴィクトリアンだったのか
Ronald Schuchard, Eliot’s Dark Angel: Intersections of Life and Art」  野谷 啓二

「エリオット、文化研究に出会う
Michael North., Reading 1922: A Return to the Scene of the Modern」 池田 栄一

「来たるべき論争のために
池田栄一・佐藤亨・田口哲也・野谷啓二(編), 『ポッサムに贈る13のトリビュート―T.S.エリオット論集』」  巽 孝之

「『ヴィア・メディア』の理解をめぐって
村田俊一著『T.S.エリオットのヴィア・メディア―改宗の詩学』」    高柳 俊一

第15号(2004)

論文
「削除された”wonder and smile”考―T.S.エリオットと印度・仏教思想瞥見」 村田 辰夫

「T.S.エリオットのクラーク・レクチャーズ―自己破滅のためのトポロジー」      野谷  啓二

「エリオットとダンのアングリカニズムの相違」 曽村 充利

「ダンテへの回帰」 村田 俊一

「ラフォルグから始まった―二〇世紀の形而上詩へ向けて」佐藤 亨

書評
「エリオットはアンティセマイトだったのか
Anthony Julius, T. S. Eliot’, Anti-Semitism, and Literary Form」 高柳 俊一

「エリオットと大衆文化、新たな関係像
David E. Chinitz., T. S. Eliot and the Cultural Divide」島田 協子

「エリオット像の再構築を促す書評集
Jewel Spears Brooker(ed). T. S. Eliot: The Contemporary Reviews」佐野 仁志

「貝の殻に海を聴く
原孝一郎著『隠喩・象徴とテクスト解釈』
本田錦一郎著『ヨーロッパの文化・文芸とケルト―学問を野に放つ試み』」 中井 晨

第14号(2003)

第15回大会特別講演
「Time, History and Right Action in the Work of T. S. Eliot」Marianne Thormaelen

論文
「T. S. Eliot and Canon Discussion in Contemporary Criticism」高柳 俊一

「キャノン・モデルの継承と変奏―エリオット、フライ、カーモード」  池田 栄一

「ひとりになりたいエリオット―即興とヒステリアと『四つの四重奏』」 阿部 公彦

「ラグタイムを弾く詩人―ポストコロニアリズム以後の批評」巽 孝之

「ヒステリーの死、『男らしさ』の死―エリオットとフェミニズム批評」 荒木 映子

書評
「エリオット研究を突き動かす新たな評伝
Carol Seymour-Jones, Painted Shadow: A Life of Vivienne Eliot」  進藤 秀彦

「村田辰夫訳、T.S.エリオット『三月兎の調べ 詩篇1909-1917』」吉田 幸子

「丹波菊井著『T.S.エリオットの詩と文学』」   野谷 啓二

第13号(2002)

論文

「エリオットのボストン―『プルーフロックの恋歌』における街と移民」出口 菜摘

「The Spirit of romance(1910), “Dante”81920), and Il Maestro」中井 晨

「”The Most Persistent and Deepest Influence”―T. S. Eliot and Dantean Ecohes」
高柳 俊一

書評
「Denis Donoghue. Words Alone: The Poet T. S. Eliot」  久野 暁子

「Donald J. Childs. Modernism & Eugenics―Woolf, Eliot, Yeats and the Culture of Degeneration」  風呂本 武敏

第12号(2001)

論文

「In Love with Love: Contrasting Eliot’s two Body and Soul Debate Poems」   長岡 みゆき

「『彼は少しの間パリジャンになった』―未発表詩『トリスタン・コルビエール』」  佐藤 亨

「”Prufrock”以上”Gerotion”未満―Inventions of the March Hareにおける認識の問題」
佐伯 惠子

「”The Burnt Dancer”を読む」  戸田 基

「エリオットと狂気」  古賀 美穂子

書評
「Jewel Spears Brooker(ed). T. S. Eliot and Our Turning World」  佐野 仁志

第11号(2000)

論文

「戦うヘテロセクシュアル・セバスチャン―デカダン、エリオット、戦争詩人」  荒木 映子

「『活字にするにはひどすぎる』詩?―『うつろな人々』研究」  滝沢 博

「Reading The Hollow Men: A Dilemma of the Lost Souls」  太田 純

第10号(1999)

論文

「T.S.エリオットとアングロ・カトリシズム」         野谷 啓二

「”East Coker”試論―Vanity, PrideそしてHumility」  酒井 紀行

書評
「Donald J. Childs. T. S. Eliot: Mystic, Son and Lover」 高柳 俊一

「小川聖子著『二十世紀の洗礼者T.S.エリオット』
田中久子著『E.パウンドとT.S.エリオット』」        山田 祥一

第9号(1998)

論文

「『ゲロンチョン』を解読する―地口、カバン語、漢字」」  滝沢 博

「T. S. Eliot’s EArly Writings on Rudyard Kipling」  松本 真治

書評
「Christopher Ricks(ed.). Inventions of the March Hare: Poems 1909-1917」山口 均

「A. David Moody. Tracing T. S. Eliot’s Spirit: Essays on HIs Poetry and Thought
Grover Smith. T. S. Eliot and the Use of Memory」  高柳 俊一

第8号(1997)

論文

「The Frontierを越えることと越えないこと―T. S. Eliot:The Family Reuinonの場合」
佐伯 惠子

「T. S. Eliot’s Philosophical System and Religious Classicism」  佐野 仁志

「Tradition and the Individual American Talent」  Stephen Hedley Clark

第7号(1996)

論文

「〈エピタフ〉としてみた『水死』―コルビエール、『ギリシア詞歌集』、ジョイス」
池田 栄一

「サンタポリナーレは見ずじまい?―”Lune de Miel”を読む」  長岡 みゆき

「『闘士スウィーニー』とスウィーニー」  松本 真治

「『まわる世界の静止点』における永遠」  久野 暁子

第6号(1995)

論文

「劇あるいは『劇詩』として見た『荒地』―その劇的手法と多文体性をめぐって」
山本  勢津子

「『大聖堂の殺人』におけるエリオットのベケット像」  北沢 格

「The Coctail Partyにおける対照と暗示」  島田 協子

第5号(1994)

論文

「T.S.エリオットとナルシシズム」  荒木 映子

「”Mr. Eliot’s Sunday MOrnign Service”の構造とイメージ」  森山 泰夫

「On the Problem of “Interpretation” in “Mr. Eliot’s Sunday MOrnign Service”」
佐野 仁志

第4号(1993)

論文

「反エリオット『伝統』」  平野 順雄

「『荒地」とワーグナーー『荒地』の叙情性について」  小川 聖子

「Impersonal Beats in Four Quartets」  阿部 公彦

Eliot Studies in Japan

第3号(1992)

論文

「『長老政治家』における〈告白〉の意味」  野谷 啓二

「T.S.エリオットと謙虚」  八代 中

「”The Fire Sermon”の音楽―”the natural medium of vision poetry”」  佐野 仁志

「T. S. Eliot and Paul Valery: A Psychic Struggle」  佐藤 亨

第4回大会研究発表要旨(英文)

第4回大会シンポジウム要旨(英文)
「The Family Reunionを読み解く」

Eliot Studies in Japan―1990-1992―

第2号(1991)

論文

「T.S.エリオットにおけるジキルとハイド―『プルーフロック』をよりよく理解するために」
大橋 勇

「『一族再会』論―共同体の危機と救済」  氏家 理恵

「The Presence of the Seventeenth Century in Four Quartets」  吉田 幸子

第3回大会研究発表要旨(英文)

第3回大会シンポジウム要旨(英文)
「A Re-reading of Ash Wednesday”」

第1号(1990)

A Message to the T. S. Eliot Society of Japan  Valerie Eliot

賛T.S.エリオット―「倫敦懸崖」  大岡 信

論文

「The Family Reunionにおける見えざるEumenidesをめぐって」  村田 俊一

「”You’ve got the hoo-ha’s coming to you.”―Sweeney Agonistesの意味」
田口 哲也

「Four Quartets and Late Beethooven」  Norman J. Angus

「T. S. Eliot Studies in Japan―Some Reflections」  高柳 俊一

Eliot Studies in Japan―1987-1990―

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